2007年06月07日
5月19日特別講演会の報告
「日本語における多読の意味」というタイトルの今回の特別講演会(時事日本語社・在韓日本人講師会、共同開催)は定刻より10分遅れで始まりました。当日、時事日本語社さんが提供してくれた教室は大盛況で満員状態。講演者である粟野先生の教え子さんもたくさん駆けつけたようで、立ち見の参加者も多く出ました。(写真参照)
本会は日本人講師会代表代理の加藤先生の司会進行により、まず時事日本語社、金理事の開催の挨拶に続いて、時事日本語社の社長、日本での「多読ライブラリー」の出版元「アスク」社のアマノさんの挨拶がありました。そして、いよいよ粟野先生のご紹介と講演が始まりました。(以下、講演内容の要約)
第1部 多読とは何か
今までの講読教育の中心であった「精読」は語彙と文法を日本語力と認定するものであったが、「多読」はその日本語の量を日本語力と認めるものである。昨今「語彙と文法だけを学んでも『読む力』は身につかない」という文法学者達の本も出版されているように、今までの「精読」中心の授業の弊害が叫ばれている。
【多読のルール】
1.やさしいものから読む
2.辞書を引かない
3.わからない言葉は飛ばす
4.進まなかったらやめる
1.無理に難しいものを読まない。まずは、その内容にハマることが大切であり、わからなくても焦らないこと。
2.そのためには辞書を引いて一字一句を調べるのではなく、文章全体で(あるいは文脈、挿絵で)意味がわかるようになる教育を目指す。
3.わからない言葉は「なかったこと」にする。なぜならば、類推することはけっこう難しいからだ。それで内容がわからなくなったら、その本は本人のレベルに合っていないわけで、別の本(もっとやさしい内容の本)に変えるのがよい。
4.但し、実は途中で諦めてやめさせるという、この指導が一番難しい。
※あくまでも、楽しく続けられることで、大量の日本語に触れることが大事。
【多読教材の開発】
英語には優れた「多読」の教材がたくさんあるが、日本語にはまだない。それでは、これから開発するしかない。多読の教材は物語であること。語彙のコントロールのないもの。文法確認のための文章をむりやり作ってはいけない。あらゆるジャンルのもので、おもしいもの。
〔JGRの教材開発方針〕
・多様な話題
・常用漢字を用いる。総ルビ。
・イラストの多用。
・学習者からのフィードバックを最重要視。
〈ここで第1部終了。その後、休憩も含めて30分程度の遅れで第2部開始。〉
第2部 多読授業実践(と質疑応答)
多読は個人指導である。「教える」から「教えない」へ、ということで、個々の学生がそれぞれ自分のレベルと興味にあった本(マンガ)を黙読し、疲れたら休む、寝ることもOK。したがって、いろいろなレベルの学生が一クラスに共存できる。
しかし、その分、大量でいろいろな本の選考や準備など、教師の教室外活動が増える。学生には「読書カード」をつけさせるが、教師はそれらをファイリングして管理することも必要。しかし、押しつけない、テストもしない。このポリシーが大切。
その後、実際に日本で粟野先生の「多読クラス」を経験した卒業生達の体験談などが披露され、続く質疑応答の時間には以下のような質問が出た。
Q1:テストをしないということだが、大学等の授業では必ず評価をしなければならない。どうすればよいか?
A1:「個々の学生が好きな本を個人的に読みたいだけ読む」という授業の主旨からして多読授業では、評価することが確かに問題である。出席で成績をつけるか、あるいは「クローズド・テスト」(ところどころの文字を白抜きして、文作成をさせるテスト)を用いるか。
Q2:個人で黙読する多読授業だが、今回出版の『多読ライブラリー』にCDが付いているのはなぜ?
A2:音を聞かせたり、シャドーイングをさせる、聞き読み(内容を後戻りして確認することができない)させる等に利用できるため。
Q3:短期の目的には不向きでは?
A3:もちろん、試験対策には短期の「つめこみ式」教育が必要になるが、短期で覚えた知識は短期で消滅する。それが本当の日本語力とは思えない。
以上、たいへん興味深く意義のある講演会であった。その後は粟野先生を囲んで、お弟子さんや参加者達との食事会が催された。
●NPO法人日本語多読研究会HP
http://www.nihongo-yomu.jp/
●レベル別日本語多読ライブラリー出版記念特別講演会
http://www.nihongo-yomu.jp/koen-youshi-soeul.htm
(報告者:恩塚)

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15:02
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